LOGIN「叡智の女神マルシェの使徒は王都クリステラにいるよ」
いやいや、そこって俺の通り道なんだけど?
てか、やはりゲームと同じか……。叡智の女神マルシェの使徒は王城にいる。俺が王様に謁見するのであれば、リィナと出会う可能性は高くなるだろう。
「ま、王城もクソデカいだろうし、一日で王都を発てば出会わないか」
「生憎と君は不幸だからね。加えて相手が悪すぎる。幸運の女神に魅入られし魂は、必要とあらば砂漠の中に隠された砂金の一粒でも見つけられるよ」
「ちっとは安心させろよな?」
お前は俺に死んで欲しいのか? さっき語った愛はなんだってんだよ。
「僕としてもリィナと会って欲しくない。既に運命は動いているけれど、十五年間も君は彼女の身代わりだったんだ。その流れは今も世界に残っている」
「運命の流れか……」
何となく分かる。まるで違う方向に流れ始めたんだもんな。考えずとも、今もその流れは俺があの呪文を使用する方向にあるのだろう。
「かといって、リィナも祝福の儀を終えたばかりだからね。急げば出会わないよ。流石に同じ場所にいないのなら、幸運も力を発揮できない」
「本当かよ? じゃあ、俺はもう旅立つ。ところで、シエラは出てこないのか?」
ここで気になることを聞く。顕現したのはネルヴァだけなのだ。今も加護を与えているシエラは何をしているのかと。
「シエラは朝に弱いからね。寝てるんじゃないかな?」
「割と俗っぽいのな。女神様も……」
「世界を見守るか、寝るくらいしかやることがないからね。だから、彼女の興味も分かる。悲しき運命はエンターテインメントとして最適だから。まあ、僕はルカを第一に考えているよ。愛ゆえに……」
やれやれだぜ。
あの駄女神には一言いってやりたいところだが、別にネルヴァがいたら俺は頑張れる気がする。「くれぐれもディヴィニタス・アルマの使用には気を付けて。あの呪文は他者の運命をガラリと変えてしまう。できる限りフォローするけど、レアジョブを背負った場合は僕に対処できない可能性が高い。女神の固有ジョブであれば、僕にどうこうできる問題じゃないから」
やはりネルヴァは善の女神だ。俺が奪うジョブについてフォローしてくれるという。
とはいえ、俺だって無闇に他者の運命を背負いたくはない。ジョブだけならいいけど、リィナのように余命僅かという場合もあるのだから。
「分かった。また連絡する。俺は勇者として頑張ってみるよ」
「いつでも愛を語ろう。僕は君の全てが欲しい。最後まで君の味方だからね……」
言ってネルヴァの身体が薄く消えゆく。
本当に魅入ってしまったのか、再びむず痒い台詞を口にしながら……。 ◇ ◇ ◇ 目が覚めると俺は誰もいない聖堂にいた。やはり司教様は聖堂にいたわけではないらしい。ネルヴァがいなければ彼は名もなき人間になっていたのかと思うと恐ろしいな。
「王都に急ごう。路銀が勿体ないけど馬車を使うしかない」
リィナに出会わないためだ。俺は早速と乗合馬車を探す。
余計な出費となってしまうけれど、命優先の選択に間違いはないはずだ。「オッサン、王都まで幾らで乗せてくれる?」
ようやく見つけた荷馬車。王都方面の馬車は一台しか停車していなかった。
荷馬車の相場は分からんが、王都クリステラまで三日はかかる。恐らくは銀貨単位で請求されるだろうな。
既に食糧と回復薬を買い込んだので銀貨は残り五十枚。シルヴェスタ王の支援頼りとなりつつあるけれど、王都で宿に泊まったとして一週間くらいなら問題ないはずだ。
「貧乏そうだな? 銀貨二枚だ。先払いだからな?」
俺ってこれでも、領主の息子なんだけどな。地元民ではない荷馬車の御者には分からんだろうが。
「高すぎないか?」
「馬鹿言うな。相場より安くしてんだぞ? 今は収穫期でもないからな。荷物が少ない分、運賃をもらうしかねぇってわけさ」
なるほど。要は運ぶ荷物があまりないから、人を運んで利益を得ているってことか。アルフィス子爵領の特産品が王都で売れるわけもないし、帰路が空荷なのも分かる。
「じゃあ、銀貨二枚な……」
「持ってんならケチってんじゃねぇよ。空いたところに座ってくれ。もう直ぐ出発する」
直ぐに出発とは俺らしくない幸運だな。
この分だと懸念されたリィナとの邂逅は回避できるんじゃないか?「金を持ってねぇなら乗せられねぇよ! 他を当たりな!」
俺が馬車に乗り込むと、御者の怒鳴り声が聞こえた。
いったい何の騒ぎだよ? 俺は急いでるってのに。「夫が急病で倒れたんです! 急いで王都まで向かわねばなりません! どうか乗せてください!」
どうやら乗車賃を払えぬ女性が御者に頼み込んでいるようだ。まあでも、無駄だろうな。あの御者はドケチみたいだし。
「離せ! 金を持っていないなら歩いて行け!」
縋り付く女性を御者は蹴り飛ばしている。流石に俺は見ていられなくなってしまう。
「オッサン、その人を乗せてやってくれ。俺が支払う」
「坊主、いいのか? お前は貧乏そうだけど」
「出稼ぎに行った夫が倒れたと雇い主から連絡があったのです! お助けください!」
流石に可哀相だもんな。同じ悲運の下にあるのなら、俺は手を差し伸べるだけだ。銀貨は残り48枚になっちまうけどな……。
頷く俺に女性は歓喜の声を上げる。
「全員分だなんてありがとうございます! ほら、みんなも礼をいいな?」
え? 聞いてないけど?
女性の後ろから現れた子供は五人。割と子だくさんだったのな……。「オッサン、子供は銀貨一枚でいいだろ?」
「駄目だ。ビタ一文負けるわけにはならん!」
嘘だろ?
支払うと言った手前、引っ込みがつかないじゃないか。オッサンは変わらずケチだし、俺は銀貨十二枚を追加で支払うことに。「やっちまった……」
これで手持ちは銀貨三十八枚。いや、まだ大丈夫だ。どうせ三日しかかからん。謁見に時間がかかったとして、宿を取って過ごすくらいはできるだろう。保存食を買い込んだし、いざとなれば外食をやめたら良いだけだ。
俺たちは空きスペースに座る。荷馬車の半分くらいしか荷物が積み込まれていないのだから、割と落ち着いて過ごせそうだな。
「問題は軍資金だけか……」
早速と馬車の中を走り回る子供たち。ギャアギャアと騒がしいことこの上ない。
前言撤回だ。
とてもじゃないが、落ち着いた旅ではないだろう。 俺は自身が持つ深い青について思い知らされていた。「騎士はリィナ・セラ・サンクティアに……」 俺の希望はそれだけだ。ゴツい大男なんかを付けられてたまるかっての。「いやお前、リィナは……」「父上、どうせお目付役でしょう? リィナは発作の頻度も高くなっていますし、皆が俺を心配するのと同じで、俺も目を離したくない」 発作が出るたびに薬を呑まなきゃいけない。 人知れず倒れたなんてことにならないように、俺の側に置いておきたいんだ。 嘆息しつつも頷く父上。どうやら俺の希望を汲んでくれるらしい。「分かった。騎士はリィナに任せよう」 一瞬のあと、全員が拍手をしてくれる。 元より皆が俺たちの気持ちを知っているんだ。既にフィオナとは破談になったし、何の縛りもなくなった。「陛下、私はそのような大役をお受けできません!」 ところが、一人だけ反対している。もちろん、それはリィナ本人であった。「リィナ、お主はルカを制止するだけだ。ルカの暴走を止められる人材が他にいるか? 儂は適切な人選だと考えておる」 父上に言われてしまってはリィナも受諾するしかない。断り続ける不敬は彼女も分かっているだろうし。「承知しました。殿下の安全を第一に考え、職務に邁進したいと存じます」 再び拍手が巻き起こる。 近衛騎士リィナ・セラ・サンクティアの誕生を全員が祝福してくれたらしい。「さて、全員解散だ。ルカの食事が冷めてしまう。気苦労をかけたな」 父上が手を叩くや、全員が後ろ髪を引かれながらも食堂をあとにしていく。 残されたのは俺とリィナ。恐らく父上は気を利かせてくれたのかもしれない。「殿下、本当に私で良かったのですか?」 飯を食べ始めた俺にリィナ。もう決まったことだというのに、彼女はまだ葛藤しているのかもしれない。「脳筋ゴリラに付きまとわれるなんて嫌だからな」「いやでも、少なからず安全だと思いますけれど……」「くどい。俺はリィナが良い。俺の側にいろ」 父上だって誰がなっても一
王都クリステラへ到着すると、もう夜になっていた。朝から何も食べていない。流石に腹が減って死にそうだぜ。「ま、何か作ってもらえるだろ……」 王族が住まう王宮殿であれば、24時間いつでも料理人が待機している。申し訳なくも感じるけれど、金貨くらい手渡しておけば喜んでもらえることだろう。「ルカ様!?」 クリステラ王城へと入るや、俺は使用人たちに囲まれていた。 そういやフィオナを追いかけるところまでしか知らないのだっけ。こんなにも遅くなった理由は分からないよな。「心配かけた。でも何の問題もない。それより腹が減ったから王宮殿に行く」 どうしてか行列ができてしまう。使用人たちは全員が俺のあとを追いかけてくるのだ。 そんなに心配だったのか? 俺はただの第二王子なのに。 王城の回廊を進み王宮殿に入る頃、俺は再び声をかけられていた。「ルカ様!」 その声は愛しのリィナ。振り向かずとも彼女が現れたのだと分かる。「リィナ、まさか君も心配してたのか?」「当たり前です! もしかしてイステリア皇国まで向かわれたのかと思いました」 ああ、そういうことか。確かに夜まで戻らなければ、心配くらいするわな。「とりあえず飯にする。リィナもついてくるか?」「もちろんです。私には弁明を聞く権利があるはずですもの」 弁明ね。心配をかけたのは事実だが、俺は謝罪が必要なことをしでかしたつもりはない。 まあしかし、ずらずらと俺の後をつけてくる使用人たちを見ると、かなり大事になっていたのは明らかだ。鬱陶しいから解散して欲しいのだけどな……。 ぶっちゃけると王宮殿は王族以外の立ち入りが禁止されているのだけど、どうしてか全員が俺の後をついて食堂まで来てしまう。 衛兵も止めようとしないって、どうなってんだよ? 行列には構わず、俺は適当に何か作ってくれと頼む。使用人用のテーブルへと座って料理が完成するときを、ただひたすらに待っていた。「あのな、俺はもうどこにも行かん
わたくしは皇都ミラグレイスまで戻ってきました。 道中はずっと泣き続けたわけですが、今はもう気持ちを切り替えています。「お父様!」 無作法にもノックすらせずに、お父様の執務室へと入ります。「おお、フィオナ。戻ってきてくれたか!」 暢気な顔を見ると、流石に苛っとしますわね。 わたくしは愛する人に命を助けられ、逃げ延びてきたというのに。「お父様のことは大嫌いですわ!」 ずっと言いたかった。わたくしの気持ちを確認することなく、破談にしてしまうなんて。 急に戻れというものだから、ルカ様が犠牲になったのです。「藪から棒に……。どうしたというのだ?」「どうしたもこうしたもありませんわ! お父様が戻れと命じたから、ルカ様が犠牲になったのです!」 そもそも側室に関しては、わたくしが許可したのです。お父様がしゃしゃり出る必要なんてございませんの。「ルカ殿下が犠牲? 一体どういう話なんだ?」「わたくしは帰路において、ファイアードラゴンに襲われたのですわ! 大半の兵を失った頃、ルカ様が追いかけてくださり、わたくしたちを逃がしてくれたのです!」 一部始終を説明する。 強大な火球を吐くファイアードラゴンの出現から、ルカ様の登場まで。 たった一人でファイアードラゴンの相手をし、わたくしたちが逃げる隙を作ってくれたことを。「なんと……。それはまことか!? たった一人で竜種と戦ったというのか!?」「皇国の誰に同じことができましょう? わたくしはやはり彼のことが好きです。そもそも言い付け通りに戻ろうとしたわけではなく、婚約破棄の撤回を求めようと帰ってきたのですわ」 頭を抱えるお父様。そりゃそうでしょうね。 話し合うことなく一方的に婚約を破棄した結果が、同盟国の王子殿下を死に追いやったわけですから。「お父様は出来る限りの賠償を願いますわ。あと、わたくしはもう誰とも結婚いたしません。一生涯純潔を守りたいと存じます」 困惑するお父様ですが、言いたいことは
ようやくと俺の願いが通じたらしい。フィオナを乗せた馬車が動き始めていた。「さてと、このトカゲをどうすっかな……」 何度も斬り付けたけれど、ダメージはしれている。決定的な手傷を負わせるのにはレベルが低すぎた。 一瞬のあと、ファイアードラゴンが火球を吐く。 それを喰らえば俺は天に還るはず。確実な死が待っているだけだ。しかし、簡単に失っていい命なんか持ってねぇよ。「ブレイブシールド!」 即座にレベル30で覚えたブレイブシールドを使用。 光の盾は難なく火球を受け止めている。ゲームにおいて、とても使い勝手の良かったこのスキルは現実世界でも効果抜群のようだ。「どちらも決め手がねぇな? トカゲちゃん、ここは痛み分けってことにしない?」 問いかけるも無駄なことだった。火球を無効化されたというのに、ドラゴンは大きく咆吼している。 まいったな。戦意は俺よりも充分らしいぜ。「ちくしょう!」 再び斬りかかっていく。 せめてレベル40になれば攻撃スキルを覚えるというのに、今のレベルは36。バフ効果スキルしか俺は使えない。「リィナがいたら勝てただろうけど……」 やはりソロプレイは難易度が高い。しかも弱っちいものだから、ファイアードラゴンに勝てる見込みなどあるはずもなかった。 ま、現状を嘆いても仕方ない。可能な限りに斬り付けてはドラゴンが去って行くのを待つだけだ。 単調な攻撃だったマステルにはカウンター攻撃が有効であったけれど、巨大なファイアードラゴンに対して俺は適切な攻撃方法を持っていない。「そういや、賢者はどうなってんだ?」 ずっと勇者にしていたけど、俺はここで賢者の中身を見てみることに。 シリウスは戦闘向きではなかったものの、何かしら戦う手段があるのかもしれない。「ステータス!」 走り回りながら、俺は賢者にジョブチェンジしてみる。恐らくは幾らか戦わなければ、今のレベルに見合ったスキルを覚えないはずだ。「うおっ!?」 戦闘
「間に合えぇぇっ!!」 俺は火球を吐くファイアードラゴンに飛びかかっていた。戦法とか考えていなかったけど、一刻の猶予もなかったんだ。「クソがぁぁっっ!」 力一杯に愛剣を振り下ろす。 それ以上、火球を吐くんじゃねぇ。てめぇの先にいる人は大切な人なんだよ!「フィオナァァアアア!」 颯爽とドラゴンの眼前に立つ。 俺はようやく追いついていた。彼女がまだ生きているうちに参戦できたんだ。「ルカ様!?」 とりあえずは良かった。 俺は謝罪を並べるつもりだったが、この場面でできる償いはそれじゃない。「逃げろ! 俺が時間を稼ぐ!」「嫌ですわ! わたくし、貴方様にまた会いたいと願っていたのです!」 まったく上手くいかねぇな。俺は恐らく時間稼ぎしかできないってのに。 俺には烈火無双があったけれど、ファイアードラゴンに対しての効果は限定的。火属性である烈火無双はトドメを刺すまで至らないはずだ。「フィオナ、俺は君に謝りたい。酷く傷つけたことだろう」「そんな!? わたくしこそ申し訳ございません! 必ずやお父様を説得しますから!」「その必要はねぇよ。もはや俺たちはここまでだ。早く馬車を動かせ……」 再びドラゴンに斬りかかっていく。せめてフィオナが逃げ切れるまで。 俺は消し炭になったとして、剣を振り続ける必要がある。ただ贖罪のためだけに。「ルカ様、援護します!」「駄目だ、逃げろ! 近衛兵、馬車を動かせぇええ!」「貴方様を置いて、逃げたくありません!」 何て聞き分けの悪い姫君なんだ。 俺は最善を選択している。今回に限り、間違いはない。 だから、声を張るんだ。強情な姫君に言いきかせるように。「逃げろっつってんだろ!!」 ◇ ◇ ◇ わたくしは怒鳴られていました。 流石に戸惑う。わたくしも戦いたいと考えていますのに。「殿下、ルカ
お父様に婚約破棄を命じられ、わたくしは失意の中で帰国の途に就いております。 全てを伝えたことを後悔するしかない。側室については、わたくしが提案したことですのに。「フィオナ様! 上空にドラゴンが飛来しております!」 溜め息ばかりついていたわたくしに、後方の車列から大きな声が届く。 え? ドラゴンってなんですの? 飛来ってどういうことです?「嘘っ!?」 大空を覆うような影。途轍もなく巨大な影が上空から迫っていました。 どう考えても、わたくしたちの車列を狙っている。荒野を真っ直ぐに伸びる街道には、わたくしたちしかいないのですから。「姫様の馬車を前に! 兵は下車をし、足止めを!」 瞬時に近衛兵のアンナが命じます。 足止めとはそのままの意味なのでしょう。あれ程までに巨大な魔物を討伐できるはずもないのです。「アンナ、わたくしにできることはございますか!?」「殿下はこのまま乗車していてください。兵たちがどれだけ持つのか不明です。出来る限り、距離を取ります。見逃される可能性にかけるしかありません」 どうやら兵たちが助かる見込みはないみたいです。アンナは彼らを犠牲にして、わたくしを逃すつもりのよう。「わたくし、精霊術の力を女神様より与えられておりますの!」「殿下は戦闘経験などないでしょう? 付け焼き刃の戦法でどうにかなる相手ではありません。自重してくださいまし」 一瞬のあと、後方に火柱が立ち上りました。 それはまるで炎の壁。足止めをするという数台の馬車は瞬く間に焼かれています。「これは……?」 何という運命の悪戯でしょうか。 お父様に帰国を命じられていなければ、今もわたくしはクリステラ王城にいたのです。好きになった人の隣で笑っていたことでしょう。「ルカ様……」 意図せず涙が零れてしまう。 わたくしは命じられたから帰国したわけではなかったのです。お父様に考え直してもらうよう、わたくしの想いを洗いざらいぶつけるつもりでした







